オメガの歴史 |
| 1848年 |
創設者ルイ・ブラン、弱冠23歳でスイスのラ・ショー・ド・フォンに懐中時計の組立工場を作り、ここからオメガの歴史がスタートする |
| 1877年 |
ルイ・ブランは、息子のルイ・ポールと共に「ルイ・ブラン&フィルズ」社を設立 |
| 1879年 |
ルイ・ブラン死去 |
| 1880年 |
ルイ・ポールとセザールのブラン兄弟は、工場をビエンヌに移転。機械式シリンダー・エスケープメントのキャリバーを発表するなど生産拡大をはかる |
| 1889年 |
従業員600人、年間製造個数10万本というスイス最大の時計メーカーに成長 |
| 1894年 |
革新的なキャリバー「19ライン」の新キャリバーはその完成度の高さが時計製造のセオリーを覆すほど画期的な開発であった。また、この年「これ以上の到達は不可能、最高、完成」の意味を込めた、ギリシャ語アルファベットの最後の文字「Ω(オメガ)」の名前を社名に |
| 1900年 |
オメガ初の腕時計を発表 |
| 1932年 |
オメガ時計の精度が評価され、ロサンジェルス・オリンピックの公式タイムキーパーに選ばれる。シーマスターの前身「マリーン」発表 |
| 1936年 |
アメリカ人探検家のウィリアム・リーブがオメガの「マリーン」(シーマスターの先駆モデル)を身につけて水深14メートルまで潜る。このような環境下での時計の耐久性が「時計製造技術における真の進化」として紹介される。 |
| 1942年 |
初の自動巻き時計を発表 |
| 1947年 |
オメガ初のトゥールビヨンを製作 |
| 1948年 |
「シーマスター」発売 |
| 1952年 |
自動巻クロノメーター「コンステレーション」発売。
ヘルシンキ五輪組織委員会からオリンピック・クロス・オブ・メリット賞を受賞 |
| 1955年 |
ダイバーのゴードン・マクリーンがオーストラリアにおいて水深62.5メートルに達したことで、時計の最高記録を樹立 |
| 1957年 |
「スピードマスター」登場 |
| 1964年 |
極限の環境に耐えうる、宇宙空間での使用を目的とした時計を探し求めるNASAによる過酷な環境テストが、異なったブランドの12本の時計を対象にスタート。 |
| 1965年 |
唯一テストに合格し選ばれたのが「オメガ・スピードマスター」だった |
| 1967年 |
「デ・ビル」シリーズの誕生 |
| 1969年 |
アポロ11号の月着陸成功により、「スピードマスター」は、人類と共に初めて月面への一歩を踏み出す |
| 1970年 |
トラブルに見舞われたアポロ13号の地球への重要な役割を果たした功績により、NASAの栄誉ある「スヌーピー・アワード」を受賞。
シーマスター600」登場。 深海探査のヤヌス計画で「シーマスター」が耐水圧記録樹立。1974 「メガ・クォーツ2400」が腕時計で初のマリンクロノメーター認定 |
| 1975年 |
アポロ=ソユーズ合同のスペースランデヴー計画で、アメリカ・ソ連の宇宙飛行士がそろって「スピードマスター」を使用 |
| 1978年 |
スペースシャトル計画の公式腕時計に「スピードマスター」が認定される |
| 1981年 |
フランス人ダイバー、ジャック・マイヨールが、イタリアのエルバ島沖で深水101メートルというフリー・ダイビング世界記録を樹立 |
| 1988年 |
「ファレ計画」(フランス国立海洋開発研究所が計画)に協力。この計画は、潜水艇「ノーティル号」で水深4400メートルまで潜り、地震活動観測のための最初の装置を設置するというものであった。
「シーマスター・プロフェッショナル200」発表 |
| 1989年 |
ソ連、「スピードマスター」を宇宙飛行士の公式時計に採用 |
| 1992年 |
「シーマスター120」現モデル発売。 「ルイ・ブラン・コレクション」発売 |
| 1993年 |
ヘリウム排出バルブを備えた300メートル防水のクロノグラフ・クロノメーター「シーマスター・プロフェッショナル・ダイバー・クロノグラフ300」発売。ローラン・スペッケール、「シーマスター」を腕に、湖水で水深80メートルのダイブの記録樹立 |
| 1994年 |
「デ・ビル プレステージ」発表 |
| 1995年 |
世界最高峰として知られている「アメリカズ・カッブ」の栄冠を勝ち取ったのは、ニュージーランドのチーム。そのレースの一瞬一瞬を正確に刻みつづけたのは、シーマスターだった |
| オメガはその正確さ技術力の高さでも世界最大のブランドとして、歴史を刻み続けている。 |